2011年12月1日木曜日

企画展示 宮島の紅葉2011 第4室



今回の撮影では・・・


撮影対象を紅葉谷宮島水族館に絞って・・・


これまでで 初めて、厳島神社の回廊を経由せず
周囲を迂回するルートで歩いています。


行きは

厳島神社の裏手から紅葉谷へ・・・

帰りは

宮島水族館から、正面砂浜を歩いて・・・



回廊まで接近・・・


あまり近寄って撮影したことが無かったのですが
とても厳島らしいアングルに思えてきます。




紅葉の撮影スポット ♪


朝の8時頃ながら撮影者多数・・・


この時間以降、さらに増えたのではないでしょうか!


2011年11月25日金曜日

企画展示 宮島の紅葉2011 第3室



撮影の前日は雨・・・


そのため、今回は しっとりとした雰囲気の漂うなかでの撮影となりました。








日の光に照らされた海面が黄金色に見えたことに、
インスピレーションを受けたのか・・・


いつになく神秘的な雰囲気を漂わせる絵が多くなっています。


現地に入る前から、写真撮影って始まっているものなんですね!


2011年11月23日水曜日

企画展示 宮島の紅葉2011 第2室



宮島の紅葉2011・・・







回は、秋の朝のひんやりとした空気を写し込むようにしてみました。


2011年11月21日月曜日

宮島の紅葉2011


さぁ・・・


つばめ・ミュージアムプレゼンツ!!!


宮島の紅葉2011




今日から・・・ 数回に分けて・・・



雨晴れの好天に恵まれた、この日曜日は、一年でも最も多くの観光客を
集める日のひとつとなったのでは!?と思われるほど


ピストン運行されている、松大汽船、JR西日本2社の
フェリーに黒々の人の姿は壮観でした。



2011年11月5日土曜日

まもなく70歳・・・ 今もなお第一線で活躍中! 広電650形電車


1942(昭和17)年生まれ・・・ といいますから、

来年・・・ 2012(平成24)で、満70歳を迎えます!


これほど・・・


広島らしさを象徴する電車も他に無いと思います。


もしも・・・ 観光で訪れた時に、乗るチャンスがあるならば!


グリーンムーバ(5000形) か Max(5100形)


この650形は、特にオススメかも!!!


( 福岡、北九州、神戸、大阪、京都から訪れた方なら、
それぞれの街を走っていた電車も良いですね! )


全国を見渡せば・・・

もっと古い車両が走っている例もあるのですが・・・


都市内で通勤時間帯も含めて他の車両と区別することなく使用。
登場以来、ずっと現役で活躍を続けている。

・・・という点でみれば、最も長寿を誇るケースと言えるでしょう。


他の車両に比べて若干小さいものの・・・ 特に居住性が劣る訳ではなく
むしろ、夜に乗ると木目にニス塗りの車内に
落ち着きを覚えたり!


太平洋戦争開戦の翌年に生まれた650形の5両・・・


軍事都市と共に歩んだ頃。


原爆投下で被災、復旧を待った日々。

(全焼655、半焼651、大破653・654、小破652)


広島の復興の槌音と共に歩んだ頃。


自動車交通の増加に伴う廃止論の台頭で全廃に怯えた日々。


昭和42年に自動車との接触事故で失った655。


3扉を2扉に変えて、運転手のみのワンマン乗務となった昭和50年。

( 閉じられた扉は今も残っています。 )


方向幕を大型のものに変更、満を持して冷房を搭載した
昭和50年代後半から60年代。


超好景気に沸き、再び廃止論議が盛んになるも、減速と共に後退・・・


路面電車先進国ドイツからグリーンムーバを空輸して輸入
・・・という広電が仕掛けたイベントが
一つの契機となって、一気にLRT時代へ。

その新型車の増備に伴って、654は廃車、広島市交通科学館へ保存。
653は予備車に。

残っている・・・ 651、652が今日も活躍中!!!



          参考資料・・・  広電が走る街今昔   長船 友則        (JTB)
                       私鉄の車両3 広島電鉄                (保育社)
                            鉄道ピクトリアル1990年11月号「広島電鉄」 (鉄道図書刊行会)
                       写真は白島線八丁堀に停車中(上)、日赤病院前付近(下)651形
 
  
                      
 

2011年10月28日金曜日

広島ピースセンター



広島に生まれ、広島に育った私でも・・・

今だに新たに見せられる表情があります。


これが・・・ 名建築の名建築たる所以なのでしょうか!?


慰霊地へのアプローチとして巨大でありながら・・・
威圧感を感じさせるどころか、むしろ控えめな感じすら受けます。


竣工は1955(昭和30)年・・・

例えば、去年建てたと言われても・・・ 今、計画中の・・・ と言われたとしても
信じられそうなほどに、時代を超越した何かを感じさせられます。


重厚にして簡素、伝統を感じさせながら未来的でもあり・・・


日本の戦後建築はこの建物から始まった・・・ と言われるほどに

エポックメイキングな建物は・・・

2006年・・・ 戦後建築としては始めてとなる
国の重要文化財の指定を受けています。


2011年10月25日火曜日

鈍亀号・・・実は、けっこう速い!



私が子供の頃・・・


この電車につけたあだ名は


鈍亀


おおよそ・・・ スマートとは思えない、その表情から献上したあだ名で、

だからといって


あ、ドンガメが来た~!


なんて声に出して言っていた訳ではないんですけれどね。



この広電電車は・・・ 350形


昭和33年春、ナニワ工機製。


この年に開催された広島復興大博覧会にあわせ3両を新製。


これより先・・・ 昭和30年にも、550形を5両新造しており、

この頃には・・・ 戦後の荒廃からの立ち直りが
進んできていた事が伺えますね!


それから10年もしないうちに・・・

今度は・・・ 路面電車に廃止の大嵐が吹き荒れていくこととなりますから、
この頃が、全国的な路面電車の最盛期であったと言って良いでしょう。


当初の形式は850形で・・・

製造時から・・・ 鉄道線である、宮島線への乗り入れを意図し、
モーター出力は50kvを2台と強化、
昭和33年より開始された、市内線-宮島線直通運転車両として
直通色を纏って使用されました。

2000系、2500系といった、後の直通運転専用車両として
使用されることになる形式の増備に伴って、直通車の任を追われたものの・・・


その際も・・・ クリームに緑という、今も広電生え抜きの車両に施されている
塗装に改められている他は、とくに改造を施されていないため、
現在も、宮島線での運転が可能な形式であるものと思われます。


と、いうことは・・・ 全速力だと、けっこう速いのか~!


普段・・・ 遅い。。。 と思うことの多い路面電車も・・・

停留所間隔の長い場所、信号と信号の合間を縫って走る時に
俊足を見せる時があることを見れば、
専用線さえあれば、50~60Kmで走ることが十分可能なんですね!


子供の頃献上した・・・

鈍亀のネーミングは、道路交通に混ざるからこそであって、
出来るものなら・・・ 見直せる日は来ないものなのでしょうか!?


2011年10月1日土曜日

使い易い道具とは!?




ワタクシごとですけど・・・

実は、今だに ブルーレィの再生、録画装置を持っていません。


もちろん・・・

理由は・・・ 近年の家電への趣味的な興味の低下と
動画映像への興味の大小、
それに見合わせるだけの、先立つものです。

もう一つの大きな理由が

MDを導入した時の教訓です。

録音機能を持つウォークマンを購入したまでは良かったのですが・・・

後が続きませんでした。

結果・・・ 録音したMDを再生できる装置は一つ、
その後、PCでのCD-Rの作成が廉価で簡単になったこともあって、
それ以上に発展することなく終わってしまっています。

その頃・・・ DVDが主流になってきましたが、
これもVHSで粘りました。

DVDを導入するには、一気に
ビデオデッキ、パソコンなど、複数台で導入しなければ
効果が薄いことが、経験的に分かってきていたからです。

狙い通り・・・

機器の値段は一気に下がり・・・ DVDを一気に導入しました。
その時には、ブルーレイの値段も下がり始めていましたが、
同時にHDDに値段も下がり始め、メディアに焼くよりも
HDDで録画して消す方が、安価で省資源と判断しました。


このように・・・

ワンランク上・・・ ではなく、手堅く、使っている人の多い、
値段のこなれている機械を導入するというのは、
物を買う時の一つの方法で、

雑誌の付録のメディアが、今もDVDで発売されている現状も
当面は変わらないだろう・・・と思っています。





2011年9月3日土曜日

Coming Soon ・・・


   普段・・・

   つばめ・ミュージアムのために何か書いたり、資料を読んだりすることは、
   一日の中でも、私の好きな時間です。

   時々・・・

   書いているうち、当初思っていた以上に
   構想が膨らんできたりすることも少なくはないのですが
   いきおい時間の方が足りなくなったり・・・と残念に思うこともあります。

   何とか間に合わせようと、急いで文章を完成させたまでは良いけれど、

   用事を済ませた後などで、改めて見直していると、
   意味の取りにくい文章であったり、
   漢字を間違えてみたり、掘り下げが中途半端に終わっていたり・・・

   気軽な内容でしたら、まぁ良いかぁ~!なんて・・・

   この文章なら、しっかり時間をかけて書いてみたいなぁ~! と考えたり。


   そんな、以前からあった・・・

   つばめ・ミュージアムスペシャル版 ともいえるような内容の展示を

   ここ 新本館 を使って行ってみようと思っています!!


   完全不定期、展示の追加時期も未定ですが・・・

   もし・・・ よろしければ、どうぞお付き合いしてみてください!!!

2011年3月29日火曜日

ユーモラス!天寧寺三重塔


    
    国の重要文化財に指定されている・・・


    天寧寺 (てんねいじ) 三重塔


    南北朝時代となる

    1388(嘉慶2)年の造立で
    もともとは・・・五重塔だったものを、1692(元禄5)年に
    上二重を撤去して、三重塔に改修したもの・・・
    
    そのために各階の反りに不自然さがある・・・と、私の持っている
    旧版の「広島県の歴史散歩」(山川出版)には書かれている。

    しかしながら・・・ 私は

    お~ 好きな塔だな~!!! と いつにも増して好印象。
    
    確かに 三重塔 としては不自然さが感じられないでもないのかも
    知れないけれど ぷく~っ とした感じが逆に 個性的で
    ユーモラスに感じられたんです!

    ちょうど、尾道市街も見渡せる場所なので
    立っている場所も良い感じ!

    尾道の塔 では 一番印象に残っています。

    
    そして・・・ この写真 い・ち・お・う 鉄道写真 のつもりです!
   

i INFO 仮移転して継続します

   おはようございます!


   i  INFO も 仮移転して継続していきます。
   
   両陛下「自主停電」を望まれる。

   皇居の両陛下が輪番停電に合わせ自主停電を続けられていることが
   関係者の話で分かる。1回は2時間に渡る。
   第一グループに合わせたもので、実際には停電が行われなかった時も続け、
   スケジュールに合わせて一日2回実施されている日もあるとのこと。
   
   「国民と困難を分かち合いたい。」との趣旨で、自ら率先して行われる姿に
   感激の声があがっている。

   上関原発、着工延期も

   中国電力の山下隆社長は28日、広島市中区の本社であった
   2011年度の電力供給計画の会見で、中電の原発事業について
   「建設工程を変更することも考えられる」と述べた。
   上関原発の着工と島根3号機の運転開始について、延期する可能性を示した。
   
   電力の受給に関しては、今後 世間の厳しい目が向けられることになるでしょう。
   国の基準の大幅な見直しが行われるものと思います。

   この時期に!?・・・ つばめ・ミュージアム も バックアップ体制 の
   見直しが迫られることとなっていますが
   日々、お届けしている i INFO  安定して続けていくための対策として
   陽の目を見ることとなった ENTRANCE を含め 4館体制 となる
   つばめ・ミュージアム をどうか、よろしくお願いします。

   午前中は晴れ間も・・・ 午後は天気が崩れやすく、雷雨も。
   不安定な天気になりそうな広島市内。
   春を告げる雷となるのでしょうか!?

   それでは・・・ 皆さん 今日も お元気で~!!!

      

ブルーが眩しいオリジナル機




     ENTRANCE 初の展示は・・・

     貨物列車

     かって・・・ ブルートレインの先頭に立った
     EF65-1100番台 のグループの
     今や貴重になりつつあるオリジナル塗装機のブルーが眩しい。

     工臨 って呼ばれる 事業用列車。

     何か この線路を運ぶ 貨物列車 を、先ほどと今と
     立て続けに見るのだけど・・・。

     東日本大震災の関連なのだろうか!?