2016年4月24日日曜日

オバマ大統領の広島訪問実現へ



4月22日


5月の伊勢志摩サミット時の日本訪問時に、

オバマ大統領の広島訪問が実現する見通しとなったことが、

メディアによって大きく伝えられました。



とても感慨深いです。



私を含め、広島出身者の方にとって、

ちょっと、長崎や沖縄を除く他県出身の方や、

もしくは居住するか、特別な感慨をもって訪れたことのある経験のある方でもないと

感じにくいであろう何か・・・


言葉に言い表せない日となったのではないでしょうか。


この3地域ほど、日本国内において、

VIPが訪れるという行動そのものに、特別の意味を持つ場所も他にないからです。


今、思い返せば、オバマ大統領は就任後、

8月6日の平和記念式典に、当時のルース駐日大使が出席するようになり、

2008年には、広島市で行われたG8下院議長会議に出席した、

ペロシ下院議長が他の参加国の出席者と共に、慰霊碑に献花。


2015年には現職のケネディ駐日大使と共に、

ガテマラ-国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)が平和記念式典に出席。


去る、4月11日にはG7外相会合に出席した、ケリー国務長官が

予定時間を大きく超えた長い時間の資料館見学後に、

他の参加国外相らとともに慰霊碑に献花。

その後、自らの提案で、各国外相と、当初の予定に無かった原爆ドームと歩みを進め、

見学を実現させるなど、大統領訪問に向けて着実に布石を打ってきているなかで

今日のニュースとなりました。


実のところ、


私はケリー国務長官の広島訪問は、今回のG7外相会合の日程のなかでの

形式色の強い訪問となるものとなるであろうと思っていたのですが、


ケリー氏は、自身の広島訪問を実り多きものとするべく努力しているかのように、

被爆地の訪問や印象や、今後の可能性を自らの言葉で語り、

予定外の観光に買い物、食事と、短い時間で多くのものを堪能されてからの帰国となりました。


余談ではありますけど、これまでの広島の公式訪問史上のなかにおいても、

ケリー氏ほど、日程に、観光も含めて、精力的に動かれたVIPも珍しいのではないでしょうか。


ルース氏がアメリカの代表として、平和記念式典に初めて参列した日を思い返しながら、

ついにここまで来た・・・と感じ入ったのは、私だけではないでしょう。




就任したころから、広島訪問の可能性を語り、実現すれば光栄だと語っていたオバマ氏。




被爆者であり、2年前に亡くなった祖母が、生前


オバマさん、広島に来ることになるかも知れないね と話す私に


「 謝罪はせんでええと思う。  謝罪いいよったら、カネの話になっていくけぇ。 

来て慰霊碑に参ってくれれば、それでええよ。 

アメリカの大統領が実際に広島に来ようと思うだけでも難しいことじゃけぇ。 」



 ・・・といった旨のことを語っていました。



その通りですね。 




残り少ない任期とはいいながら、政治的なリスクも予想されてるしょう。

未踏の領域へと踏み込んでいこうとしているのですから。



訪問の実現に向けて、ここまで、少なからぬ努力を傾けてきている、

アメリカのホワイトハウスと、日本政府関係者の方々に敬意を表します。



大統領が被爆地を訪れる。



それは、人々の心に、小さからぬさざ波をたてることになるでしょう。



平和を願う心同士が共鳴しあえるように、アメリカという大国が行動する。

小さいようで、小さくはない


今の時点でも、


あの時、核兵器による日本への報復攻撃は間違っていたのではないか?という考えが、

アメリカの若い世代の人たちを中心に拡がりつつあるといわれています。


今回のケリー国務長官広島訪問の際に、ワシントン・ポスト紙、ニューヨークタイムス紙などが、

オバマ大統領も広島を訪問すべきという旨の社説を掲載したことも

そういう時代がやってきていることを感じられる、大きなトピックスといえるでしょう。


この動きが、多くの人々の心にさざ波を立てていくとするならば、

このたびの一連の行動は、政治パフォーマンスということにとどまることなく、

やがては大きなうねりとなり

いつの日か、世界全体の軍事費、戦争自体が少なくなる可能性につなげていくこともできる、

有意義なものになり得るといえるのでは無いでしょうか。





広島ブログ

2016年4月16日土曜日

熊本地震




この度の、熊本地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。



16日、1時25分の緊急地震速報で目が覚め、


その後、なかなか寝付けなかったためか、
今日、たびたび眠気を感じながら過ごしていましたが、
それだけに、繰り返し起こる、規模の大きな地震のたびに緊張を強いられる方々の
大変さを思わされます。


日本のどこで、いつ大きな地震が、どのような形で起こるのか
わからないと、あらためて感じらされます。


4月14日、21時26分に発生した大きな地震以降、
今晩に至るまで、いまだに地震の収束が見通せないばかりか、
今日、16日夜は、大雨の予報さえ出ている状況でもあります。


一昨年、平成26年の広島豪雨の被害を思い返す時、
今の被災地の皆様のお気持は、察するに余るものがありますが、
どうぞ、ご無事でありますよう、心よりお祈り致します。




広島ブログ

2016年4月13日水曜日

梅小路発-京都鉄道博物館行き




京都鉄道博物館の開館が、4月29日に迫ってきています!!


当館には、津山まなびの鉄道館に関する展示がありまして、
当然のように、京都鉄道博物館に関する展示も用意されていながら、
一度はお蔵入りしかけましたが・・・
開館秒読み!ということもありまして、こちらも紹介していきましょう!!



昨年、8月30日・・・ 1972(昭和47)10月10月より43年の歴史を刻んだ
梅小路蒸気機関車館が閉館となりました。


これは、4月29日、開館予定の「京都鉄道博物館」の開館準備へ向けての一時的な閉鎖。

・・とは申せ、長らく親しんだ「梅小路」の名が
博物館の正式名称から消えてしまうのかと思うと、少し寂しいような。。
それでいて、鉄道の博物館がこれほどまでに充実してくるとは!という驚き、感慨も!


かって、東京神田の万世橋にあった交通博物館は、
日本の歴史における鉄道の役割からみれて、子供心にも、あまりにもささやかな印象で、
世界一の規模といわれる、イギリスはヨーク鉄道博物館あたりと比較しながら、
彼の地の層の厚さを羨ましく感じたりしていました。


それから後、国鉄からJRに移行するあたりから、風向きが変わりはじめ、


北海道の小樽の北海道鉄道記念館が拡張。(現在の小樽市総合博物館)

北九州市には、JR九州の九州鉄道記念館が開館。

埼玉県の大宮には、
万世橋の交通博物館から規模、資料ともに充実させ移転した
JR東日本の鉄道博物館が開館。
名古屋にはJR東海のリニア・鉄道館が開館など

全国の、JR系の博物館や資料館といった施設だけでも年を追うごとに充実。
それ意外でも、歴史的な車両や資料については、
車両基地などで保管措置が取られています。

その他、私鉄についても、自社の鉄道施設、歴史的車両の保存措置を
取る動きが目立つようになってきていて、
今や、一昔前では想像もできなかったほどの、鉄道博物館、資料館が充実。
世界的に見ても、鉄道博物館大国といって良いほどの充実度を誇るようになってきています。


そして・・・

そう、関西には、JR西日本の2つ、
大阪は弁天町の交通科学博物館と、梅小路蒸気機関車館。(ともに閉館)


大阪の交通科学館は、東京、万世橋の交通博物館が早い段階で
現状以上の資料を展示する余裕を失ってしまっていたためか、
後々まで狭い敷地をやりくりして保存車両を充実させ続けてきたこともあって、
昭和中期頃の、今となっては貴重な車両群は、こちらに主に収蔵されてきていました。

対する、梅小路は、蒸気機関車を動かせる状態のまま、
かっての京都機関庫とともに、システムとして保存、
日本の蒸気機関車名車コレクションともいうべき、梅小路蒸気機関車館があり、

今回の京都鉄道博物館は、
この2つの博物館の保存車両に、JR西日本の車両としても活躍した
車両を新たに加え同じ場所で保存展示する博物館といえるでしょう。

この博物館、これまでの鉄道の博物館と比べて、
収蔵車両や博物館の機能などが特徴的で、興味深いですね!


まず、C62形蒸気機関車 なんと、1号機、2号機、26号機 の3両を保存、展示!
C62というと、保存車両は、全国でも、梅小路の3両以外ですと、
JR北海道の所有する3号機、リニア・鉄道館の17号機の2両のみ。
保存全5両のうち3両が集結していることになります。





実はD51形蒸気機関車も、梅小路の1号機、200号機が保存されていて、
弁天町に保存されていた2号機と合わせて3両になるのかと思いましたが、
2号機は、同じ弁天町の仲間、ディーゼル機関車DD13、DF50とともに
岡山の津山扇形機関庫へと移されました。 まさかの津山まなびの鉄道館の充実!


博物館に保存される鉄道車両といえば、多くの場合1形式のうちで代表的な1両。
電車など編成が重要なものですと、
先頭車と、中間車の2両が残されることがあるくらいですが、

京都は、新幹線0系のトップナンバーが先頭車2両の中間車2両と、一応編成となる4両。
トワイライトエクスプレスが機関車込みで5両が保存されるなど、
こちらも、ちょっとした編成が組める単位で保存される点で珍しい!というか・・・


ダイナミックだな~!!


機能というと、ここは博物館というだけでなく、
現役の「梅小路運転区」(機関車の車両基地)。
収蔵の規模を増やすだけでなく、蒸気機関車を修繕するための
メンテナンス工場も新たに設けられました。

同じ梅小路公園内には、京都市の市電の保存公園と京都水族館も隣接。
今後、アクセスを改善するため、駅を設置することも決まっているなど、

今後、梅小路は、ますます文化型のテーマパークとして、
充実していくことになりそうですね!!


そうそう、京都鉄道博物館のイメージキャラクターって

「ウメテツ」って

ツバメのキャラクターなんですよね~

親しみを感じるなぁ!!



広島ブログ

2016年4月10日日曜日

いつ見ても、何度見ても・・・ 




いつ見ても、 何度見ても、 ため息が漏れてしまうほどの美しさ・・・



よく、あの時代に、こんな建物にゴーサインを出したよなぁ~



発想の大胆さ、建物事態の美しさ、借景の見事さ、神秘性

自然条件に逆らわず、積極的に取り込むことで、周囲と一体化させる技術力


土地の持つストーリー、この地ゆえに可能であったと思われる建築の地域性

海という場所、時間により刻々と、また季節による変化によりもたらされる演出力

脈々と伝えられてきた、武具、平家納経に舞楽など、当時超一級の文化。


今の時代をもってしても、これほどまで練られた構想によるであろう

海上構造物は、ちょっと思いつかないほどです。



桜が、ほぼ満開となった、先週の土曜日、

今年初めて、宮島へと渡ってきました。



平家政権が、その勢力を誇ったのは、わずかに20年余り。


しかし その短い期間に平家時代いえるほどの時代を築いた絶頂期から一転、

わずか数年の後、壇ノ浦へと追いつめられながら、

果たして、現在に至るまで、誰が自分たちの残していくことになる影響の大きさを、

想像し得たことでしょう。




平家一族は散り散りに滅びようとも、

彼らが、当時の持てる限りの力と技術力を注ぎ込んだであろう建物は、

今や、噂を聞きつけた人々が日本各地をはじめ、世界からも訪れる場所になりました。


これぞ世界遺産だ!とは、宮島が世界遺産リストに登録された際に

世界遺産委員会の会場にて、参加した委員から、口々に漏れていた言葉といいます。


今、平家の一問が どこからか見ているとするならば、今、何を想うのでしょう?



近年は・・・ 私は、この景色を眺めるたびに、

生まれて後、亡くなるまで、その人自身に与えられた運命や境遇のなかで、

一生懸命に生きていく大事さを、教えて貰っているような気がします。


それが、どう評価されるのは、時間を経てみないとわからない。








この、4月10日、11日、

広島で初めてのサミット関連行事となる G7外相会合 に参加していた、

各国の外相や外相婦人も、ここ厳島神社を訪れたようですね。


多忙な日程の中ではありますが、これぞ役得!


苦労してでも、訪れてみる価値のある場所であると思います。



広島ブログ

2016年4月7日木曜日

さくら号




たくさん雨が降った、今日の広島市内・・・


自分の車で出かける用があり、

出先にて、たまたま桜の木の下に駐車。


外に出てみると、雨に散った花びらで、車をデコレーションしたかのようになっていた。


あまりにデコレーションが見事で、

なんかだか、すぐに取り除くのが躊躇われる。


普段は つばめ号 って呼んでいるマイカーだけど、

今日ばかりは さくら号 といった雰囲気。


つばめ と さくら


奇しくも、列車にしても、歴史的に 燕 と 桜 は同じ路線を走ってきた。

今は九州にて、同じ九州新幹線を仲良く走っている。


案外、つばめ と さくら は相性が良いらしい!


これからは、つばめ・さくら号 にしようかな! 





広島ブログ

2016年4月3日日曜日

お仲間発見!!



お、、 お仲間発見!!


ちと、シーズンには早くないか!?


・・・と思いきや、ペンギンさんみたいです。


まぁ、鳥仲間だよね!




広島ブログ

2016年3月21日月曜日

鉄道模型、写真による車両登録をスタート!



鉄道模型の写真による車両登録を始めました!


車両を線路に乗せ、白い厚紙を折って下面と背景に。

写真はコンパクトデジカメで、画像はパソコンで修正と、お手軽仕様ですが、
これなら、別のセット、列車編成からも、新たな組み合わせを思いつきやすくなるでしょう。

画面で見る画像は拡大も自由ですから
模型をさわれない時でも、所有している模型のディテールを楽しむことが
できますし、眺めていれば、ディテールアップのヒントになるでしょう!

まぁ・・・

撮り続けていくのは時間がかかりますが、最初の第一歩。

まずは、最近入手した欧州客車からスタート!!



広島ブログ

2016年3月14日月曜日

広島は大都会か!? その1



埼玉あたりより、都会だね・・・  


うん、そうだねぇ。


春夏冬や連休など、休みのシーズンともなれば、広島市内にも多くの観光客がやって来る。


この言葉は、関東の人らしい家族連れが、
路面電車の窓から景色を眺めつつ、
話していた言葉で、面白いことに、まるで違う時期に同じような言葉を、2度ほど耳にしている。
もう一組は老夫婦だったか。


埼玉というと、埼玉新都心か大宮あたりと見比べての印象だろうか?
私も、あのあたりを訪れたことがあるので、
これを耳にした時は、なるほど!と思わされたもの。


また、ある時・・・


3年前、ふと、宮島で知り合った、茨木から観光に来て、広島市内に宿泊しているという、
母と息子さん連れと一緒に、これまた電車で市内中心部まで戻ってきたときのこと。

ずっと、夕暮れの車窓を眺めていたお母さんが
( 高校生の息子さん連れだだったけれど、私よりもずっとお若く見えた。 )

いいなぁ・・・ 百貨店が何軒もある~~ と呟いた。

誰に聞かせるでもない感じで呟いた、そのひとことが、とても気になったので、
下車後に尋ねてみると、茨木県は県の人口が全国的に見ても多い割に、
中心となる有力な街が無いため、
ちょっと、気のきいた買い物をしたい!と思えば、
何だかんだで、東京に出ていくことになるのだとか。

すかさず、息子さんも「水戸は大きいけど、比較にはならないよなぁ・・・。」と


そういえば、そうなのかも知れない。


広島市と、その周辺が東京の23区に都市の充実で、太刀打ちできるか!?といえば、

全く。。。

では、あるのだけど、電車に乗って、23区を過ぎると、延々と住宅地が続いて後、
いつの間にか田園風景になっている・・・というのが、
何度か行ったことのある、関東周辺から受けている私の印象。

ただ、西に向かうときだけは、横浜に向かって、沿岸に沿って都市圏が続くいていく。

音楽で言うなら、曲後半の盛り上がり部分を引っ張ったまま、
最後にもう一度、しっかり盛り上げておいて、曲を終えていく・・・ そんな感じ。
北、東方面は、ともに、もうひとつ、後半の盛り上がりに欠ける印象。


よく、日本の東京への一極集中が云われるけれど、
東京や関東に、行ってみればみるほど、日本といわず、すでに関東のなかだけで、
東京へと一極集中しているように感じる。

では、周辺の地域といえば、人口だけでいえば、広島市周辺人口を
上回っているところが少なくはなくても、
都市として基盤が充実しているか!・・・というと、必要なものは揃っていても、
もう一歩、見えない壁が阻むように思う。




広島ブログ

2016年3月7日月曜日

今日出会った詩 今日という日に出会う詩



小さな蠅(はえ)よ

お前の夏の戯(たわむ)れを 私の心ない手がふり払った


私もまた おまえと同じ蠅であり

おまえもまた 私と同じ人間ではないのか?


なんとなれば ある盲目の手が 私の翼をふり払うまで

私も踊り、飲み、歌うのだから




広島ブログ

2016年2月13日土曜日

安全のために事故を見る



私は、乗り物が好きなだけに、乗る機会も多い。


そんな私、常々心に留めていることがあります


飛んでいる以上、墜落し、浮かんでいる以上、沈む
走っている以上は、ぶつかるし 2輪であれば転倒、線路の上を走る以上は脱線する。


なんともネガティブな話。


もちろん起こって欲しくはありません。


しかし、乗り物に乗って移動する以上、少なくとも家でじっとしているよりも、
何らかの事故や災難に遭遇してしまう可能性が高いことだけは間違いありません。

汽車や飛行機に乗ることが好きなだけではなく、
自家用車を持っていますし、仕事などで人を乗せて走る機会も少なくはありませんから、
さまざまなリスクについて、一応は心に留めておく置く必要もあります。

他にもスポーツタイプの自転車で快走している時に、何かにぶつかり、転倒すれば、
車両が華奢で、スピードも出るだけに、ママチャリよりも被害は大きくなるでしょう。

好きなアウトドアに至っては、山を歩くときも、海に出かけるときも、
そのままリスク管理の実践練習のようなものだとも感じさせられます。


移動する以上、事故の可能性もまた、それに比例するように高まっていきますが、
それを回避できるように工夫し、
可能なかぎり、安全に、速く、手頃に、快適に移動したい!と、思う願いも
人一倍強いと感じています。

いぇ、私だけではありませんね!

その追求こそ、乗り物の歴史そのものですものね。



先ごろ、高速バスで大きな事故が起きました。

原因は運転のミスでしょうか?
それとも、運転手に何らかの発作や病気が起きたものなのか?
この事故によって、運転手自身が亡くなってしまっていることが、
事故の原因の追求を困難なものにしています。


しかし、ひとつだけ言えることがある。

車の運転というのは、運転手一人の腕、足でのペダル操作に頼られています。

高速道路というのは、多くの車が行き交う場所であるにもかかわらず、
その安全は、運転手一人に頼られています。
しかも深夜、向かう先もスキー場とあれば、自然条件も厳しめ。

他の車が蛇行し、なんとかそれを避けなければならないこともあり得るでしょう。
前の車の運転者が居眠りしてしまい、そのなかに巻き込まれてしまう可能性も。

( 私は高速道路のトンネルで、私の前を走るトラックが蛇行、側壁に軽くぶつける場面に
出会ったことがあります。 居眠りしたのでしょう。 追い越し車線をかなりのスピードで抜いた車が、
なぜかトラックと並んだ途端に並走したこともあって、
少しずつ車間を取っていきながらも、恐怖の時間でした。。。 )


橋梁を通過する際の突風でハンドルを取られたり、大地震の発生など、
安全に急停車することが難しいケースもあり得るでしょう。

そもそも、深夜 深く寝入ってしまっているなか、突然に停車したからといって、
とっさに受け身が取れるものなのかが疑問です。

そう・・・ この事故一番の関心と、事故の被害を最小限に留めるための
生命線になったであろう対策は

シートベルト

いったい、どのくらいの乗客がシートベルトを装着していたものでしょう。


もしも、シートベルトの装着率が8割を越えていて、
あれほどの惨事となったのであれば、今後はバスの構造そのものを見直し、
強度をあげるべきでしょう。
その前に、シートベルトの装着率がどれくらいだったものでしょう。


実のところ、私も高速バスに乗る機会は少なくはないので、
シートベルトの装着率を、それとな~く気にしているのですが、

シートベルトを装着する方は、いつ見ても、3、4割程度といったところです。

車内の年齢層が高めの時ですと、若干は装着率が良いのかな?という印象を
受けることもありますが、これは、日頃から車を運転する方であれば、
シートベルトの装着は安全に必要、という意識があるからではないか?と考えています。

仮に、今回の事故で、半分の人がシートベルトを装着していたとしても、

残る半分の方が、事故と同時に車内に投げ出される結果になったでしょうし、
投げ出された方が、あるいは、シートベルトをしていた人にぶつかったかも知れません。


実のところ、大の大人でも、高速道路を走る、乗用車の後部座席に座る時でも、
シートベルトの装着を面倒そうにする人は珍しくありませんから、
今回のバスで、運転手が注意喚起していたとしても、
装着率はそこまで高まらなかったと思います。

( ちなみに、3、4割程度の装着率と書いた高速バスでは、自動放送にて装着を喚起していました。 )


もし、あなたが若いのであれば・・・

ぜひ行って欲しいのは、どの席に座り、どんな道を行くとき、どんな乗り物の時でも、
装備されているなら、安全装置を装着する癖をつけて欲しいということ。

人は、慣れないことをする事を苦痛にするものですが、
一度、癖にして、習慣化しておけば、忘れることもなくなるばかりか、
苦にするほどでもなくなります。

これを習慣化しておけば、事故の時、死亡する可能性が低下するだけでく、
もしも自分が亡くなるとしても、自分の不注意によって自分が投げ出される結果、
同乗者を死なせてしまう可能性も低くすることができるでしょう。
不幸にして、事故の当事者になってしまう人の人生を変える可能性も低く
することに繋がります。


( 私は、昔、人が車に轢かれる瞬間を見たことがあります。
今でもはっきり思い出しますし、車を運転していた方に対して、強く同情を覚えた事故で、
車を運転するということは、こういう事故に遭遇する可能性があり得るものかと、強くショックを受けました。
そのショックは、今でも運転する時に思い出しては、自重するための手伝いにしています。 )


歩きスマホ、運転中の携帯操作、
無灯火、イヤフォン自転車、一時停止無視、スピード違反などなど・・・


今日や明日には事故には至ることはなくとも、


それを1年、数年、一生と続けていくなら、かなりの回数と時間になりますから、
いつか、どこかで事故は起こせてしまうものでは無いでしょうか!?




広島ブログ

2016年2月3日水曜日

節分  ~ 鬼とはどんなものかしら!? ~





早いもので、今年も12分の1が過ぎて


イヌ、ニゲル、サル のニゲルこと、2月までやって来まして、今日は節分。


これを過ぎれば立春と、

天気が移り変わりやすく、何かと気ぜわしさ感じる日々だったりします。


鬼とは、こんな気ぜわしさのなかから出る、

自分の内にある邪気のことを言うのだろうなぁ・・・なんて

考えさせられてみたり、


鬼は外!とは、自分の内にある邪気に気づき、それを払うための儀式か!?


いやいや、鬼も恨めぬもの、


人の心は正気と邪気の隣り合わせ、物事の表と裏。

ならば、鬼は外と、形式どうりに払ってのちは、一時休戦。


追い払うのではなく、お互いにとって、少しずつ良い方向に持って行こうではないか!


とりあえず乾杯!!


・・・って、結局は酒なんやね。。





あ・・・ でも、節分時期に煎り大豆をポリポリとやると、

しばらく、この味が忘れられず、

立て続けに、2、3回買ってくることがありますねぇ・・・




広島ブログ

2016年1月31日日曜日

なごり雪




先日、出掛けた先にて・・・


着いて後、少し時間があったので、カバンに入れていたコンデジで、にわか撮り鉄。


撮影の直前、雪を舞い上がらせながら走ってきた

227系がカッコ良かったんですよ!


期待しながら待つこと30分。


やって来るのは115系の黄色ばかり、狙った獲物はやって来ず・・・


でも、この3月改正以降、

広島周辺で、このタイプの影は随分と薄まってくるハズなんですよね。


ましてや、来年以降、雪を纏って走る姿なんてね。


そうだ、そうなんだよ・・・


どうせなんだから、もう一回やって来い!!


115系を待つ、

時間からみて、チャンスはもう一回だけ!


このあたりは、けっこう速度を出しているので、

コンデジですと、ピント、シャッターチャンスのずれが生じやすく

失敗しやすいのですが、

この時ばかりは、納得のいく一枚が撮れました!




広島ブログ

2016年1月27日水曜日

しまねふるさとフェア



今週の日曜日は、

例年、グリーンアリーナと、その周辺で大規模に開催されている

しまねふるさとフェア へと出かけてきました!


最初から、買い出しモードで出かけた私は、

一夜干し、しじみの佃煮、お茶と、お買い得価格で買い込むことができて満足!

お酒の試飲で、ほろ酔い気分にもなったしね!


荷物があり、この後も予定が入っていたので、

早々に切り上げることになってしまいましたが、

もっと居ることができたら、さらに戦果を上げ、

今頃は島根祭り状態だっただろうになぁ~ 来年も行きてぇ~よぅ!


写真は、舞台で上演されていた石見神楽。

久々に、じっくり見てみたいですね!



広島ブログ

2016年1月21日木曜日

広島アンデルセン、現店舗における全館での営業を終了



去る、1月17日 広島市中区、広島アンデルセンは建て替えにより、

現店舗における、全館での最後の営業日となりました。


公式HPによると、新しい店舗は2020年頃の完成予定。

現在の店舗は外壁を残して取り壊される予定で、

広島アンデルセンらしい雰囲気は残るでしょうが、

前身が帝国銀行広島支店の建物であったことを知って中に入ると、

いかにも古い時代の銀行らしい、よすがが残されていることに気づくことができました。


それだけにベーカリショップとしては使いづらい面もあったでしょうが、

そういう機能的過ぎない感じの建物であるからこそ、

愛着もひとしおであったように思えます。







優雅な雰囲気を醸しだしていた一階の喫茶コーナーに、人の姿はなく・・・


アンデルセン詣でで、立ち寄られたことのある方も多いのではないでしょうか!?





1月17日までであれば、

ここから入る時には、店員さんが玄関ドアを引いていてくれていたことでしょう!


パン屋で、ドアサービスとは、なんとも珍しいですが

ここが、アンデルセンの本丸だぞ!って感つつ、くぐったドア。


今日、21日より、2月27日まで、一階の一角で、仮営業が行われ、

その後、3月1日より仮店舗に移転となっています。


18日に、一階の玄関から中を覗いてみた様子。

仮営業ための改装中でしょうか。


あと1月あまりの短い期間ではありますが、

これまでの想い出に浸りつつ、パンを手にして、


まもなく最後になる、広島アンデルセンの雰囲気を味わっておくチャンスですね!


あ~ もう一度だけ、

デイナービュッフェに行っておきたかったなぁ~ (悲)



広島ブログ

2016年1月17日日曜日

1月17日



寒いですね。


今、私のなかでは煮込みうどんブーム!

手軽で、体が温まって栄養もバッチリ。


最近は、暖房機を控えめにするようにしているためか、

温かい食事のありがたみが、ひしひしと感じられます。


そんな、今日は1月17日。


温かい食事を摂りながら、思うところのある日。




広島ブログ

2016年1月10日日曜日

今年、最初の一冊



今年最初の一冊!


ちょっと縁起をかついでみました


十二世紀のアニメーション - 国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの -


絵巻物に造詣の深い、高畑 勲 さん


そう、あの高畑さん、


かぐや姫の物語を観た後だから、


絵巻物を数見てきた今だから!


もっと絵巻物を見る機会を持とうと思っている今だからこそ!



実のところ、発刊当時から欲しかったんですよね!


値段を見て、とりあえず見送ったあの頃、、

この手の本は、一度っきりしか刷らないものがありますから

いつの日か手に入る日って、あるのかしら?って思いながらでしたけれどね・・・


私が、まじめに一冊の本を読む時や選ぶ時には

まず、はじめに と あとがき を読むことにしています。


この本は、注文でしたから、あとがきを読んだのは購入後でしたけど、

読んで、はっ!と思わされました。


参考文献として特に恩恵を受け、特筆すべきものとして

小松 茂美 氏が編纂された「日本の絵巻」を挙げていらっしゃったからです。


日本の絵巻という全47巻とういう大著を、私も見てみなくてはと思わされましたが、

小松 茂美 氏の名前。


この本は、自分は早かれ、遅かれ見ておくべき本だったんだな!


小松氏は、就職後、広島で原爆にあって、死線をさまよう日々のなか、

厳島神社宝物庫が特別開扉されたというニュースを耳にし

その時以降、厳島神社蔵 平家納経 に心を奪われるところとなり、

徒手空拳で、その成立の解明に向け生涯を捧げた 小松 氏は、

日本の絵巻物に対して多くの足跡を残されています。


私がこれまで、読んだ本の中で、一番印象に残る

はじめに、と あとがき を書かれていた方でもあります。


もはや、自身による解明の時間は残されていないという無念。

まるでファウストのような夢の虜となって、

平家納経の解明という夢の旅路を終えたという、満足感なのかな・・・


平家納経といえば、日本の装飾教の白眉。 いうなれば、見るお経。

なんか、この本の あとがきを読んで、ここに戻ってきた感を感じ。


もう少しの間、この本の持つ縁起に触れて、楽しんで後、

少しづつ読み進めていくことにしましょうか!





広島ブログ

2016年1月6日水曜日

破竹の勢いか・・・ 2015~未来に向けての広島乗り物事情




2015年の広島は乗り物の話題が多かったですね!

例年からみると、押せ押せ感さえ感じられるものでした。


なんといっても、その筆頭は、5月21日の、マツダの 新型ロードスター 発売でしょう!


写真は、2014年の秋に県立美術館で撮影した、デザインファイナルハードモデル。





正直、頑張れば買えるんじゃね!?的なクルマの放つオーラとしては、

現在の日本車として、ナンバーワンという気がしています!


2015~2016 日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞しましたね!








こちらは、SHINARI (しなり) デザイン


コンセプトカーではありますが、

案外と、これに近いイメージのまま、市販車として出してきそうな気もするな!!という

勢いというのでしょうか、冒険心のようなものが今のマツダには感じられます!





4月14日には、広島空港にて、アシアナ航空機が空港への着陸に失敗して事故、

大惨事こそ免れたものの、

事故による、空港の閉鎖が長引き、再開後も誘導施設が壊れたことにより、

欠航や遅れが多発する事態が続くなど、ビジネスや観光利用に大きな影響が出ました。







今年は、年々大型化するクルーズ客船に対応するために整備されていた、

広島、五日市埠頭が完成、大型客船が入港を開始しました!


特に注目を浴びたのが、クアンタム・オブ・ザ・シーズ の入港でしょう!

167800トンの迫力をひと目見ようと多くの方々が見物に訪れました。


同船は今年(2016年)3月14日にも、五日市港に入港予定で、同じく3月24日には

クイーン・エリザベスが初入港する予定になっています。






2015年3月14日、その日行われたダイヤ改正を機に、

JR西日本は、広島都市圏用の新車として、227系の投入を開始。

同日、JR、アストラムラインの 新白島駅が開業!

あわせて、広島地区の各路線に、ネットワーク・カラーも導入されました!




これまで、國鉄王国などと揶揄されてきた広島地区のJR在来線ですが、


もし・・・ 芸備線に数年以内に新型車を導入すれば、

一気にJR化後車両率が100%になるんじゃね・・・!?的な勢いで

227系の増備、営業運転投入が進められてきています。


ロードスターと227系、共通の特徴は、イメージカラーが「赤」であること、

赤といえば、以前からカープの色として知られていましたが、


広島といえば「赤」というイメージは、

今後いっそう強くめられていくことになりそうですね!


JRは、広島駅も新しくなり、西条駅など駅舎を改築する駅、可部線に復活区間、

寺家新駅、広島-海田市間の高架化と、広島駅への広電線乗り入れと、

今後とも計画が目白押しとなっていて、

これまでって何だったんだ!?・・・感満点となっています。





広島ブログ

2016年1月4日月曜日

C59 161号機をしっかり眺めてみましょう!



さぁ、ご来館の皆様・・・

今回は、広島市中区の、こども文化科学館の横に保存されている蒸気機関車、
C59の161号機を一緒に見に行きませんか!


C59形蒸気機関車は、戦前に誕生。

この、161号機は、一部を改良して誕生した、戦後型の一両として製造され、
当初は下関に配置、その後、広島や糸崎機関区に移動。
呉線が電化される1970年10月まで活躍を続けた、
とても、広島にゆかりの深~い機関車です。


屋外においての長い展示期間のなかで、風雪による劣化や
部品が盗難にあうなどしたため、機関車の状態は良くありませんが、
一部は似た形の部品に、交換されるなど
現在も、できる限り形体を保つための努力がなされています。








正面




それでは公式側から見ていきましょう。

公式側というのは、機関車を正面から見て、右側のこと。
一次側とも呼ばれていて、メーカの製造写真や
趣味でも、写真撮影時などに好んで使われる側面です。


C59の動輪直径は1750mmと日本最大です。

日本の幹線用旅客用機関車は、
1919(大正8)年に登場したC51形式の動輪直径1750mmを、
そのまま蒸気機関車最終期まで踏襲していくこととなりました。

海外の主要国の数値からみると貧弱な印象も受けますが、
このサイズくらいの機関車が輸送事情や当時の日本人の体型からみても、
扱いやすかったことも、採用され続けた理由のひとつといえるでしょう。




運転台から、正面を眺めます。

この位置からだと、デフ(除煙板)があまり見えないので、別の機関車のようです。
デフは、日本の機関車だとC54形式以降、標準採用されるようになりましたが、
海外では蒸気機関車の最終期に至るまで、デフの無い機関車も製造されていました。

ちなみに、模型なんかで加工時にデフを外してしまうと、
とたんにカッコ悪く見えてしまうことに驚かされます。




運転台 今回はコンパクトデジカメでの撮影ですが、
一眼レフのワイドレンズが欲しくなります。
次に一本手に入れるなら、間違いなく第一候補です。


ワイドの前に、超々超ズーム(望遠鏡のこと)の誘惑に負けてしまったので、
ワイドレンズは、いつのことになるのやら?




公式側 テンダー(炭水車)

文字通り、この部分が石炭と水の貯蔵庫になります。 
ここに貯蔵した燃料を、前の機関車に送り込み、
火を炊き、発生する水蒸気の圧力で重量物を運搬するための推進力を得る姿。
機関車一両、一両が、動く力を生産する一つの工場といえるでしょう。




テンダーを後部から。

左右に見えている足乗せは、機関車を回送するときに誘導係が乗ったりもする場所。

機関車の先頭に立ち、前方を注視しながら旗で合図を送る。
男の子なら一度は憧れるシーンではないでしょうか




さて、ニ次側(非公式側)へとまわります。

C59のテンダー、より多くの石炭と水を積み込んで、
長距離を走ることができるよう、全長が長くとってあり、
機関車本体と合わせて 21.575mは、日本の蒸気機関車最大の全長となっています。




テンダーを下から眺めます。




C59形式の大きな特徴のひとつが

幹線の旅客列車を高速で牽引するために伸ばされた
日本の機関車最大長のボイラー

他の機関車と比べると、ボイラーが、前へと出っぱっているのがわかります。

長いボイラー、長いテンダーを持つC59は
全体としてスマートに見えます。

日本の機関車で一番の形態美を持つ機関車とされていて、

一般に、細身のボイラーを持ち、女性的な印象を受けるC57に対して、
男性的な魅力を持つ機関車の代表がC59とされています。

さて、あなたはどちらがお好みでしょうか!?
みなさんも、機会があれば ぜひ見て比べてみてください!

広島にいると、やまぐち号のC57とあわせ、
この2両を見比べる機会が持てる! 機関車ファンとしては嬉しいことですね。




各地に保存された蒸気機関車を見ていると、
おおよそ、これほど子供さんに人気のある乗り物も他にないな!と思いますが、

その子供さん達に、とりわけ人気のある部分かな!?
ケガしなさんなよ! 風呂に入れ! 歯をみがけよ!


また、来週~~!!




じゃなかった。。 続けていきましょう。


これほど、動くためのメカニズムが外に出ている乗り物も他に無く、
こうしてみているだけでも、躍動感を感じますものね!
乗って遊んでみたくなる、何かがあるのでしょう!


2次側を左側、正面から。

C59 161のナンバープレートがある場所を煙室扉といい、
その下に「ハ」の字型のエプロンがありますでしょ。

その下の埋め込んだタイプのテールライト。

これを見ると おぉ~広島工場の機関車なんだな~! と思うのが熱心なファン。

ガンダムの誰々専用とか、戦車の局地戦改造タイプみたいに、
その地域や用途ならではの改造や部品交換がなされ、
番号ごとの個性が見られるのも蒸気機関車の魅力!

ひとつひとつ、人の経験や勘に頼って作られ、
ロットや時期で材質まで違ってきているのですから、
個性的になってくるのも当然でしょう。

戦中のボイラーを持つ機関車を復活させようと思うときなど、
ボイラーの肉厚が揃ってないなど、人知れぬ苦労があるようです

調子の良いカマ、悪いカマ・・・ 悪いことで知られていたカマが、転属して後、
その機関区の好調機として知られるところとなってみたり、
調子の悪いカマを、暴れ馬を操るごとく乗りこなすことを
誇りに感じる機関士がいたりと、どこまでも人間的な存在でもあります。


ちなみに、同じく広島で活躍して後、梅小路(京都鉄道博物館)に保存されている164号機も
この、広島工場スタイルを持っていて、
161号機や、一部部品のみが保存されている、162号機などと共に、
C59の仲間の最後の一党として、呉線電化まで活躍を続けた僚機です。




重幹線専用旅客機として製造されたが故に、

後年、電化などで幹線を追われる際に、下級線区への転用が難しく、
一部の仲間は改造が行われたものの、
多くのC59が、まだ力を残したまま、廃車の運命を辿ることになりました。

特急機として活躍すべき時期が、運悪く戦争のまっただ中であったり、
戦後になると、余剰となった貨物機D52のボイラーを使って誕生した、
C62にトップスターの座を奪われ、
多くの仲間が廃車された時期も、SLブーム以前であったこともあり、
やや薄幸な印象を受けるC59になかにあって、

本州における、幹線用大型蒸気機関車の
最終期まで未電化で残されていた呉線で、わずかに残った仲間達が集い、
堂々たる編成の急行や普通列車を牽引する姿が注目されるところとなり、
SLブームのなか、全国から大勢のファンを集めることになりました。

C62に対して人気は控えめですが、C59の方が空転が少ないとされるなど、
乗務員の評判が良く、特に定時性、信頼性が必要とされるお召し列車には
大型機関車による、お召し列車の最終期に至るまで重用され続けました。


日本を代表する旅客用蒸気機関車であり、
戦後の成長期まで、終生広島を中心とした山陽本線や呉線で活躍した
C59-161号機は、

広島の蒸気機関車といえば、この一両!ともいうべき機関車であると思います。
お金をかけてでも、将来に向けて丁寧に修復し保存、
屋内保存を検討する価値のある機関車であるとものと思います。




広島ブログ