2011年10月28日金曜日

広島ピースセンター



広島に生まれ、広島に育った私でも・・・

今だに新たに見せられる表情があります。


これが・・・ 名建築の名建築たる所以なのでしょうか!?


慰霊地へのアプローチとして巨大でありながら・・・
威圧感を感じさせるどころか、むしろ控えめな感じすら受けます。


竣工は1955(昭和30)年・・・

例えば、去年建てたと言われても・・・ 今、計画中の・・・ と言われたとしても
信じられそうなほどに、時代を超越した何かを感じさせられます。


重厚にして簡素、伝統を感じさせながら未来的でもあり・・・


日本の戦後建築はこの建物から始まった・・・ と言われるほどに

エポックメイキングな建物は・・・

2006年・・・ 戦後建築としては始めてとなる
国の重要文化財の指定を受けています。


2011年10月25日火曜日

鈍亀号・・・実は、けっこう速い!



私が子供の頃・・・


この電車につけたあだ名は


鈍亀


おおよそ・・・ スマートとは思えない、その表情から献上したあだ名で、

だからといって


あ、ドンガメが来た~!


なんて声に出して言っていた訳ではないんですけれどね。



この広電電車は・・・ 350形


昭和33年春、ナニワ工機製。


この年に開催された広島復興大博覧会にあわせ3両を新製。


これより先・・・ 昭和30年にも、550形を5両新造しており、

この頃には・・・ 戦後の荒廃からの立ち直りが
進んできていた事が伺えますね!


それから10年もしないうちに・・・

今度は・・・ 路面電車に廃止の大嵐が吹き荒れていくこととなりますから、
この頃が、全国的な路面電車の最盛期であったと言って良いでしょう。


当初の形式は850形で・・・

製造時から・・・ 鉄道線である、宮島線への乗り入れを意図し、
モーター出力は50kvを2台と強化、
昭和33年より開始された、市内線-宮島線直通運転車両として
直通色を纏って使用されました。

2000系、2500系といった、後の直通運転専用車両として
使用されることになる形式の増備に伴って、直通車の任を追われたものの・・・


その際も・・・ クリームに緑という、今も広電生え抜きの車両に施されている
塗装に改められている他は、とくに改造を施されていないため、
現在も、宮島線での運転が可能な形式であるものと思われます。


と、いうことは・・・ 全速力だと、けっこう速いのか~!


普段・・・ 遅い。。。 と思うことの多い路面電車も・・・

停留所間隔の長い場所、信号と信号の合間を縫って走る時に
俊足を見せる時があることを見れば、
専用線さえあれば、50~60Kmで走ることが十分可能なんですね!


子供の頃献上した・・・

鈍亀のネーミングは、道路交通に混ざるからこそであって、
出来るものなら・・・ 見直せる日は来ないものなのでしょうか!?


2011年10月1日土曜日

使い易い道具とは!?




ワタクシごとですけど・・・

実は、今だに ブルーレィの再生、録画装置を持っていません。


もちろん・・・

理由は・・・ 近年の家電への趣味的な興味の低下と
動画映像への興味の大小、
それに見合わせるだけの、先立つものです。

もう一つの大きな理由が

MDを導入した時の教訓です。

録音機能を持つウォークマンを購入したまでは良かったのですが・・・

後が続きませんでした。

結果・・・ 録音したMDを再生できる装置は一つ、
その後、PCでのCD-Rの作成が廉価で簡単になったこともあって、
それ以上に発展することなく終わってしまっています。

その頃・・・ DVDが主流になってきましたが、
これもVHSで粘りました。

DVDを導入するには、一気に
ビデオデッキ、パソコンなど、複数台で導入しなければ
効果が薄いことが、経験的に分かってきていたからです。

狙い通り・・・

機器の値段は一気に下がり・・・ DVDを一気に導入しました。
その時には、ブルーレイの値段も下がり始めていましたが、
同時にHDDに値段も下がり始め、メディアに焼くよりも
HDDで録画して消す方が、安価で省資源と判断しました。


このように・・・

ワンランク上・・・ ではなく、手堅く、使っている人の多い、
値段のこなれている機械を導入するというのは、
物を買う時の一つの方法で、

雑誌の付録のメディアが、今もDVDで発売されている現状も
当面は変わらないだろう・・・と思っています。